くれない

音楽、美術、アイドル、日常

あの頃の通学路

 

 

 

5年ぶりくらいに高校の通学路を通った。

こんな校舎だったっけ?変わらない突き抜けの廊下と守衛と校庭、駐車場では制服合わせに来たな、ここで文化祭やったなって思い出す。隣は空き地になってて何があったか思い出せなかった。空き地から向こうの空がよく抜けて見えて、オリオンやら何やら綺麗な星。久々に星空をまじまじと見た気がする。少し歩くと二層式の駐車場、大きくて立派な木、レンタカー会社、小さな自販機、高校の案内板。交差点の角にある中華屋は潰れて随分前に寿司屋になった。

わずか3分ほどの区間、戻れない日々に思いを馳せて胸が締め付けられた。通るたび鼻を抜ける金木犀の香りが余計に感傷に浸らせる。あの頃から何も変わってないのが自分だけな気がしてしまう。好きな人のリュックを目で追ってたあの頃の自分と、同じ道を通ってそのことを思い出す自分。居ても立っても居られずユキノミチを聴く。こんな時でもメレンゲの音楽だけは側にある。少女プラシーボの意味が今やっと腑に落ちた気がする。こういう淡くて切ない輝かしい記憶をクボさんは音楽に認めてたんだと思うと、今日のSongwriterのカバーも含めて、改めてクボケンジは天才だなって、結局いつもの自分の思考回路に戻る。こうしてあらゆる芸術に慰められてきた28年間。ヤバいよねと思いながら、実際そこまでヤバいと思ってないんだろうなとも思う。

人生って何なんだろうね。